サリドマイド使用登録・管理事業の運用業務
(厚生労働省からの請負業務)に関するご案内

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〜NPO日本医薬品安全性研究ユニット〜

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本ページでは、DSRU Japanの意見を記載しています。


経緯
サリドマイド事件
1961年にドイツとオーストラリアから、1950年代後半に鎮静/催眠薬として販売されたサリドマイドを妊娠した女性が服用した結果、奇形をもつ多数の新生児が生まれているとの警告が発せられた。これらの新生児は後に「サリドマイドベビー」と呼ばれるようになった。日本では300人を超す被害児が1950年代後半から1960年代前半にかけて誕生した。サリドマイドは1961年末にヨーロッパから、1962年9月に日本から撤退した。

らい性結節性紅斑(ENL)に対するサリドマイドの効果の発見(1965)
1965年に、イスラエルの一病院でハンセン病(らい)の臨床経過で発生することのある熱と疼痛を伴う「らい性結節性紅斑」
(Erythema Nodosum Leprosum, ENL)に対する劇的な効果が偶然発見された。この報告の後、サリドマイドはENLに対する特効薬として広く認められるようになった。

多発性骨髄腫に対するサリドマイドの効果の発見(1999)
真の意味でのサリドマイドの「復活」は1999年に「New England Journal of Medicine (NEJM)」に掲載された84例の難治性の多発性骨髄腫患者に対するサリドマイド治療の著しい効果を報告した論文によってもたらされた。サリドマイドの多発性骨髄腫に対する治療効果はその後、2006年に医学雑誌「The Lancet」に発表された新しく多発性骨髄腫として診断された患者のランダム化比較試験によって明確に示された。

日本における医師によるサリドマイドの個人輸入
NEJMに掲載された1999年の論文の発表後、2000年頃から日本の医師達は、自らが治療する患者の治療の為にサリドマイドの個人輸入を開始した。日本においては、譲渡・販売をしない限り、日本以外の国から薬を医師個人または患者個人が輸入することは合法である。厚生労働省はサリドマイドを「数量に関わらず厚生労働省の確認を必要とする医薬品」に指定しており、サリドマイドに関しては医師による個人輸入のみが認められている。サリドマイドを個人輸入する医師は多発性骨髄腫に対する治療の為のみならず、その他の腫瘍性疾患、ベーチェット病やクローン病などの非腫瘍性疾患に対する治療の為にもサリドマイドを輸入してきた。

臨床血液学会によるガイドライン
医師による個人輸入開始後2-3年内にサリドマイドの個人輸入は急増し、これを受けて、2004年(平成16年)12月に日本臨床血液学会(現在、日本血液学会へ統合)は「多発性骨髄腫に対するサリドマイドの適正使用ガイドライン」(以下、臨血ガイドライン)を作成し、サリドマイドによる多発性骨髄腫の治療の標準を示した。臨血ガイドラインは治療ガイドラインとしての側面を持つと共に、患者、医師、薬剤師が安全なサリドマイドの使用の為に満たすべき基準をも示した。臨血ガイドラインによると、医師はサリドマイドの治療を受ける患者の性、生年月日、イニシャル、診断名のみを臨床血液学会事務局に登録することが求められる。また臨血ガイドラインは医師に胎児のサリドマイド曝露を防ぐために何が必要かを患者に説明することを求めている。

厚生労働科学特別研究「未承認医薬品の管理・安全性確認システムに関する研究」(2005年4月〜2006年3月)
本厚生労働科学研究(主任研究者:久保田潔 東京大学医学部薬剤疫学講座)は医師が個人輸入をするサリドマイドによって治療を受ける患者を、インターネットを介したシステムで登録すべきであると結論づけた。インターネット上のサリドマイド使用登録システムにはSafety Management system for Unapproved Drugs (SMUD) (未承認薬の安全管理システム)という名前がつけられたが、これは将来サリドマイド以外の医師によって個人輸入されるその他の薬をもカバーするシステムに拡大される可能性を考慮した為である。

厚生労働科学研究「個人輸入による未承認薬の医療機関における安全対策に関する研究」(2006年4月〜2008年3月)
本研究(主任研究者:上記研究に同じ)では現在のSMUDシステムの原形が大学病院医療情報ネットワーク(UMIN)のリソースを利用して作成された。SMUDの重要な要素には以下が含まれる。
1) SMUDは臨血ガイドラインにしたがうシステムとして設計された。たとえば、登録されるのは患者の性、生年月日、イニシャル、診断名のみでそれ以外の個人情報は登録されない。

2) SMUDはサリドマイド輸入許可の行政上のプロセスに連動し、患者登録は実質的に義務化される。このSMUDの性格のために、SMUDはリスク最小化計画における「薬剤へのアクセスに制限を設けるシステム」の側面を持っていると考えられる。簡単に説明すると、SMUDからダウンロードされる患者リスト上に示される個別の患者に対する輸入量の合計が発注書上の輸入量と一致しない限り、地方厚生局からサリドマイドの個人輸入に必要な薬監証明は発給されない。患者を患者リスト上に示すためには、医師はあらかじめその患者をSMUDに登録しておく必要がある。

3) SMUDは重篤有害事象と妊娠の発生に関する安全性情報を医療従事者間で交換することを可能にすることが意図されている。これは、情報を収集・配布する製薬企業が存在しない未承認薬を扱うSMUDに固有の側面である。厚生労働省の担当官も、安全性情報をSMUDから直接に得ることができる。

2008年のサリドマイドの承認
2008年10月、厚生労働省は、製薬企業(藤本製薬)が「サリドマイド製剤安全管理手順」(Thalidomide Education and Risk Management System, TERMS)と呼ばれるリスク管理プログラムの実行を条件にサリドマイドを多発性骨髄腫を適応として承認した。このシステムの下で患者は、病院への受診に先立って質問票に回答し、企業内に設置された「TERMS管理センター」にファックス送信することが求められる。TERMSではサリドマイドはサリドマイドが処方された病院内でのみ調剤が許される。患者が受診するたびに、医師と薬剤師は質問票に回答し、ファックスで「TERMS管理センター」に送信し、処方と調剤の許可に関する書類をファックスで受領する。TERMSでは適応外の使用は、医療機関で認められた臨床試験としてのみ認められる。

2009年のSMUDの導入
日本の健康保険制度では、適応外使用に対しては薬剤費は原則として償還されない。サリドマイドの承認後もサリドマイドの個人輸入は多発性骨髄腫以外の疾患の患者の治療のために続く可能性が高い。厚生労働省はSMUDを医師によって個人輸入されるサリドマイドの登録システムとして導入することを決定した。非営利活動法人「日本医薬品安全性研究ユニット」がSMUDを厚労省から請け負って実施することが2009年5月に決定された。



SMUDの意義
「薬剤へのアクセスに制限を設けるシステム」としての側面を有する登録システム
上記の通り、SMUDは地方厚生局によるサリドマイドの個人輸入に対する許可と連動しており、患者登録は実質的に義務化される。SMUDによりサリドマイドの使用者数を性・年齢別に集計することが可能になる。SMUDにより患者の疾患および各疾患に対して患者が使用するサリドマイドの用量についての分布の推定も可能になる。医師によって個人輸入されたサリドマイドの使用に関して、SMUDは医療従事者間の安全性情報交換のためのツールとしても機能する。

個人輸入される医薬品のための公的なシステムの原形
現代はインターネットの時代であり、患者は自国では利用できないが、世界のいずれかで利用可能な治療に関する情報を容易に得ることができる。患者が世界のいずれかで有効であることが示された国内で未承認の治療薬を試したいと望むことは自然であろう。しかし、未承認の薬(治療)の使用はいくつかの問題を引き起こしうる。たとえば薬に対して責任を有する製薬企業は不在であり、薬を使用する患者の数はSMUDのような製薬企業から独立した特別のシステムを作らない限り把握できない。さらに治療に伴って発生する重篤有害事象に関する情報の収集・配布に責任をもつ製薬企業は存在しない。重篤有害事象に関する安全性情報は未承認薬を用いて患者の治療にあたる医療従事者にとって価値のあるものと考えられる。さらに、そのような情報は当該医薬品が製薬企業によって新薬として後日承認申請が行われるに際して、また承認プロセスにおいても有用と考えられる。 SMUDは製薬企業から独立した未承認薬を使用する患者の登録と医療従事者間の安全性情報の収集と配布のためのシステムの原形と考えられるかもしれない。



日本におけるサリドマイドのリスク管理のダブルスタンダード
「薬剤へのアクセスに制限を設けるシステム」としての側面を有する登録システム
SMUDはTERMSとはそもそも異なるシステムである。TERMSは承認されたサリドマイドのために特別にデザインされたリスク最小化のための複数のツールからなるシステムである。他方、SMUDは医師によって個人輸入されたサリドマイドの登録システムである。しかし、SMUDは患者登録を促す強制的な要素も含んでいる。SMUDとTERMSが、同一の催奇形性物質であるサリドマイドの使用にあたって医師と患者が満たさなければならない異なる基準を示していることに注目すべきである。このダブルスタンダードによってもたらされる冗長性と一貫性の欠如は、医療現場でトラブルとなる可能性がある。我々は以下に、日本におけるサリドマイドのリスク管理のダブルスタンダードがもたらす問題を緩和するための方策を提案する。



SMUDの限界
教育のためのツールがないこと
SMUDには教育のための特別のツールが存在しない。患者、薬剤師、医師に対するそのような教育ツールを将来作成し、その使用を奨励すべきである。

妊娠可能な女性の病院における妊娠テストの結果をモニターすることができないこと
既知の催奇形性物質のためのシステムとして、最低限SMUDは妊娠可能な女性に対して病院で実施された妊娠テストの結果をモニターするためのツールを持つべきである。サリドマイドを使用する妊娠可能な女性の数は多くないと考えられるのでこのための要素は電話を通じて情報を収集するなどの付加的なツールとして設計するということで良いかも知れない。

個別の患者に関する実際の使用量が記録されないこと
個別の患者が使用したサリドマイドの錠剤(カプセル)の数をモニターする方策を考案するべきである。例えば、患者ごとに調剤され、実際に使用されたサリドマイドの量を薬剤師が定期的に報告することなどが考えられる。この情報が得られれば、特定の患者に対して輸入したサリドマイドの合計量とその患者によって実際に使用された量との乖離が容易に把握できる。



今後修正すべき点
単一のシステムの導入
特別のリスク管理を必要とする薬によって治療される患者は本来単一の中央化されたシステムによって管理されるべきである。単一の中央化されたシステムの導入を妨げる問題が存在することもありうる。たとえば多発性骨髄腫以外の疾患を持った患者がTERMSでカバーされるのは困難である。日本の医療制度の下では薬の添付文書上の適応症と保険の償還が密接に関連しており、適応外使用される薬の、保険償還は困難である。さらに、健康保険でカバーされる医療サービスと保険でカバーされないサービスとを同時に利用することは原則として禁止されている。これらの問題に対する何らかの新しいルールが作られない限り、適応外使用は例外的とみなされ、サリドマイドの医師による個人輸入は当面続くと思われる。

問題点の改善のためのSMUDの改良
次善の策として(最良の策は単一のリスク管理システム導入)、SMUDは将来強化されるべきであろう。「SMUDの限界」の項に記載したSMUDの以下の3点に関する改善が求められる。
1) 教育ツールを作ること

2) 妊娠可能な女性患者の病院における妊娠テストの結果をモニターすること

3) SMUDを改良し個々の患者に調剤・使用されたサリドマイドの量を記録可能とすること